"L" と "R",「きって」と「きて」と「きいて」

日本で生まれ育った人(で,かつ幼少時に英語学習をしていない人)ならば,「英語の "L" と "R" の発音の違いが難しい」という意見にほとんどみんな賛同してくれると思う.ところがこの "L" と "R" の違い,英語のネイティブに言わせると「違いが分からないことがそもそも信じられない」らしい.今日このことを聞かされて,私としては「"L" と "R" の違いが分からないことが信じられない」と言われることがそもそも信じられなかった.で,これだけを聞いて "L" と "R" の違いはやはり言葉で説明しにくい本質的な難しさを孕んでいるのだと考えさせられ,ちょっと英語学習(ひいては第2言語学習全般)に軽い絶望を一瞬覚えた.しかし,この話に続けてさらにちょっと面白い話を聞くことができて考え方を完全に変えさせられた.
仮に今,私が「きって」と「きて」と「きいて」の発音の違いが分からないと言い出したら,多分日本で生まれ育ったみんなから「突然何を言い出すんだこのバカは?」と口をそろえて言われるのではないかと思う.いや,確かにバカなんだけれど.ところがこの違い,日本語ネイティブでない人にはかなり難しいらしい.この違いが分からないなんて信じられないのも良いところだけれど,日本語ネイティブでない人(母国語は英語)と,日本語学習者に日本語を教えている人双方が口を揃えて言っていたことなのでまあ事実なんだろう.やっぱり信じられないけれど.
この話を聞いて,確かに "L" と "R" の発音の違いというのは説明の難しい本質的な難しさを孕んでいるのだけれど,同時に "L" と "R" の発音の違いというのは,たとえ母国語は違えど,同じ人間をして「違いが分からないというのが信じられない」と言わしめる程度には簡単である,ということでもあると思えるようになった.そしてそれは「きって」と「きて」と「きいて」の発音の違い程度に簡単な違いでしかないんだろうとも思えた.そう考えればまぁだいぶ気も楽な気がする.結局それは「慣れ」でしかなくて,訓練によって獲得できるものでもあるのだろう.
ちょっと以前まで「ある程度の年齢までに訓練しないと,その後いくら訓練しても "L" と "R" の違いを認識できるようにならない」とかいう主張があったように記憶しているけれど,最近では「いつから訓練しても発音の違いを認識できるようになる」ということも言われているようだ.確かに私の経験を思い返してみても,某氏の描くキャラの違いとか,某氏の描くキャラの違いとか,某氏某氏某氏某氏某氏の描くイラストの違いとか,SOSSOS団の違いとか,つい最近まで違いが全く認識できなかったのだが,訓練の結果これらの違いをほぼ完璧に識別できるようになった.このことを鑑みれば, "L" と "R" の違いも訓練すれば「ちゃん様のイラスト」と「池上氏のイラスト」「きって」と「きて」と「きいて」の発音ぐらいに自然に識別できるようになるのかも知れない.こう考えて,一瞬の絶望を乗り越え,英語学習に対する勇気と意欲を新たにする今日この頃なのでありました.

今日のまとめ:ハルヒ萌え